LITTLE MY STAR    「魔界天使ジブリールEPISODE2」 ジブリールアリエスことひかりちゃんを愛でるサイト
作:森沢 優紀   
画:9821/v     


 月が輝いていた。鋭く欠けた三日月は、太陽とは対照的な、どこか冷たさをおびた醒めた光で地上を照らしている。星々を従えて漆黒の闇に浮かぶ姿は、まるで天空の女王のようだった。
 その女王を下界から見上げるひとりの少女がいた。彼女の名前は、佐々木利佳。ちょっぴりクセのあるセミロングの髪。なによりも、その深みのある真摯な眼差しが印象的である。どことなく大人びた雰囲気をまとっているのは、恋のせいだろうか?
 彼女は窓辺から夜空を見上げ、もの思いにふけっていた。心の中で月に問いかけるが、天空の女王は黙して語らない。ただ煌煌と輝くのみである。
 やがて、流れてきた雲が女王の姿をさえぎる。にわかに風が冷たくなり、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。謁見時間の終わりを告げる合図だった。
 彼女は窓を閉めて、カーテンを引いた。


 カーテンの隙間から、やわらかい光が差し込んでいる。窓を開け放つと、空は青く澄んで、風は優しかった。なだらかな坂に沿って建ち並ぶ家々の屋根が、昨晩の雨のなごりに光を反射させていた。彼女は目を細めて、その風景を眺めやった。
「いいお天気」
 ひんやりとした朝の風が頬をなでる。大きく息を吸いこむと、身体中に新鮮なエネルギーがいきわたるような気がした。
 彼女は朝食を済ませたあと、紅茶を飲みながら、これから何をしようか考えた。宿題もなく、ピアノ教室もない。借りていた本は昨晩のうちに読み終えてしまった。
 何の予定も無い、日曜日の朝。
「はやく明日にならないかな」
 ぽつりと呟く。
 明日といえば月曜日である。普通はそれを思うと憂鬱になるものだが、彼女は違っていた。明日は学校行事で授業がないのだが、むろん、それを差し引いても学校へ行くのは嫌いではない。彼女の真意はべつにある。
「どうしてるのかな、今ごろ・・・」
 ほとんど空になった紅茶のカップを指で弾くと、高く澄んだ音がした。ため息を漏らし、両手で頬杖をつく。それは恋する者のため息だった。
 いつの頃からだろうか。彼女がその人を目で追うようになったのは。
 学校では、気がつけばいつもその人の姿を探していた。その凛とした横顔。それでいて微笑むと子供のような表情にもなる。
 でも、その人は彼女にとって近くて遠い存在だった。学校に行けば毎日会うことができる。話しかければ笑顔で応えてくれる。
 その人は彼女の気持ちに気づいていない。彼女はまだ遠くから見ているだけだったから。それまでに何度か、お弁当を作ったこともあったが、いま一歩のところで勇気が出せず渡せずにいた。
「先生・・・」
 彼女は早く大人になりたかった。
 同級生からは大人っぽいと言われている彼女ではあったが、その人から見ればまだまだ子供のはずであり、容易に埋められないその差は、焦りと不安を彼女にもたらしていた。
 ふいに窓から流れこんだ風が、前髪を揺らした。
 顔を上げると、そこには先ほど見た青い空が広がっていた。
「外に行ってみようかしら」
 これといったあてもなかったが、風に誘われるまま外出することにした。
 洋服タンスを開けて、どれを着ていこうか思案する。彼女は女の子のなかでも、なかなかの衣装持ちらしく、いろんな洋服が並んでいた。一旦は普段着に手を伸ばしかけたが、そのとなりのよそ行きの服をとった。ただの散歩に着ていくには、ちょっと大げさな服だったが、気分転換になるかもしれないと考えた。

 友枝中央公園は、その名のとおり街の中心部にあり、面積も相当なものだった。また、その一部は児童公園して区切られていて、ペンギン公園の愛称で親しまれている。ほかにも広場や池、水路に沿った遊歩道も配置されていて、それを抜けると図書館にも通じていた。
 彼女は並木の植えられたその道を歩いていた。噴水のある広場までくると、手近なベンチに腰掛けた。
 無邪気に走りまわる小さな子供。木洩れ日の下でまどろむ老人。そして、肩を寄せ合う恋人たち。そんな恋人たちを見ると、つい考えに沈みがちになる。
 横を見ると、少し離れたベンチで、熱心に何かをスケッチしている青年がいた。なんとなく気にかかり、その近くまで歩み寄ってみた。青年はどこかを凝視してはまた視線を落とし、スケッチプックに筆を走らせている。
 なにを描いているのだろうか?
 元来、どちらかといえば控えめな性格の彼女にとって、見知らぬ青年に気軽に話しかけることは難しかった。そこで、こっそり覗き込んでみることにした。それと同時に彼女の影がスケッチブックに落ち、人の気配に気づいた青年が顔を上げた。
「あ、ごめんなさい」
 彼女はとっさに、無断で覗き込んだことを詫びた。
「いえいえ。お気になさらずに」
 穏やかな表情で青年が言う。様子から察して、大学生だろうか。
「なにを描いてるんですか」
「大したものじゃありませんよ」
 と言いながら、青年はスケッチを見せてくれた。そこには公園の風景と行き交う人々が描かれていた。
「こうして絵の練習をしているんです」
「お上手なんですね。うまく言えないけど・・・とっても素敵」
 お世辞ではなく、本心でそう言った。
「いや、僕なんてまだまだですよ。でも、そう言ってもらえるとうれしいです」
 見知らぬ少女に飾らない言葉で誉めらたことに、うれしさと気恥ずかしさの両方を感じながら、青年は照れくさそうに頭を掻いた。
 青年はあらためて目の前の少女を見た。
「誰かと待ち合わせですか?」
「いいえ。お天気が良かったものだから」
 空を見て、風に揺れる髪をかきあげた。
「あの、もし良ければ、あなたを描かせてもらえませんか?」
「え? 私を・・・ですか」
 突然の申し出に戸惑う彼女。
「あ、いや、迷惑ならいいんです。すいません、失礼なこと言って」
 彼女はちょっとだけ考えるしぐさをして、
「いいですよ、私でよければ」
 と、微笑みながら答えた。
「あ、ありがとう。 え、えーと・・・」
 青年は礼を述べ、あたりをキョロキョロ見回した。
「あっ、あそこがいいかな。すいません、あそこに立ってもらえませんか?」
 彼女は言われた場所に立ち、
「ここでいいですか」
 と確認した。
「ええ、すいません。そんなにお時間は取らせませんから」
 言い終えると、さっそくスケッチブックを開いた。
 青年は真剣な眼差しで少女を見つめては、筆を動かした。見つめられる彼女は、最初のうちは恥ずかしさでいっぱいだったが、鉛筆が紙の上を走るかすかな音を聞いているうちに、不思議と気持ちが落ち着いてきた。描かれるのと同時に、自分自身が別のなにかに変化するような・・・そう、まるで生まれ変わるかのような錯覚さえ感じていた。
 どれくらい時間が経っただろうか。
「できた!」
 青年は満足そうに頷いた。
「どうでしょう」
 仕上がった絵を少女に見せる。
「これが・・・私?」
「あ、お気に召しませんでしたか? すいません、僕の力が足りないばかりに」
「いえ、そうじゃなくて。なんか私より、その・・・奇麗だなって思ったから」
「そ、そんなことありません! あなたは奇麗ですよ」
 勢いでそう言ったあと、自分の言葉に気がついて、青年は少しだけ赤面した。
「あの、よろしかったら、この絵、もらってくれませんか?」
「いいんですか?」
「ええ、そのほうが私もうれしいですから」
 そのページを切り取り、少女に差し出した。
「ありがとうございます」
 彼女は素直に受け取り、ぺこりと頭を下げた。
「ところで、描いてて気になったんですが、その紙袋の中には何が入ってるんですか?」
「さっき買ったお弁当の材料なんです」
 よそ行きの服装に不釣り合いな発言であることを自覚して、少女は顔をかすかに赤らめながら目を伏せた。
「お弁当かあ。もしかして、誰かに作ってあげるんですか?」
 彼女は否定も肯定もせず「遠足なんです」とだけ答えた。明日は学校行事で動物園に行く予定だった。
「そうですか、おいしいお弁当作ってくださいね」
 青年は持っていたスケッチブックを閉じ、鉛筆をかばんにしまった。
「僕はそろそろ失礼きます」
 片手を軽く上げて「それじゃ」と挨拶すると、スケッチプックを小脇にかかえて歩き出した。途中、立ち止まり、空を見上げて「明日もきっといい天気ですよ」と、誰に言うでもなく呟いた。
 少女は青年を見送っていたが、やがて後ろ姿が見えなくなると、彼の残していった絵をあらめて見た。それを見ていると、昨日までとは違う自分になったような気がした。そして紙袋を胸に抱きしめて、静かに決意する。
 明日こそはきっと・・・・。





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