2001年の年末が近づいていた。いわゆる「師走」というやつである。
しかし、その前に、忘れてはならない行事がある。
そう、それは「クリスマス」だ。
中学生になったさくら達の、最初のクリスマス。パーティーの段取りも滞り無く完了し、あとは当日を待つばかりとなっていた。
そんな、ある夜のお話です。
●彼女たちと過ごす、すべての時間に…●
ファンシーショップ「ツインベル」は、今日もお客で賑わっていた。
店内はクリスマスフェアー中。並べられたサンタクロースの小物。小さなネオンの光る店内装飾。見ているだけでもワクワクしてくる。
そんな中、エプロンドレスをヒラヒラさせながら駆け回っているのは、
「はぅ〜、忙しいよ〜」
さくらだ。レジカウンターには同じ姿の知世もいる。
「こんなに忙しくては、エプロン姿のさくらちゃんを満喫できませんわー!」
などと小声で嘆きながら、テキパキと会計をこなしている。その背後では店長の真樹が苦笑している。
「もう少しで閉店時間だから、がんばりましょうね。小さな店員さん」
小さくガッツポーズ。しかし、この忙しい中、彼女はどっちかというと足を引っ張っているのだった。
それから一時間半ほど。ツインベルは閉店時間だ。
最後の客を見送って、入り口を閉める。店内の掃除、お金の精算、在庫の補充。
そして、
「はい、お疲れさまでしたー」
パチパチと拍手する真樹。あわせて少女二人も笑顔になる。
「アルバイトご苦労様。本当に助かったわ」
「でも、思っていたより忙しかったですね」
「お客として来ていたときとは、感じが全然違いますわ」
二人にとっては初めてのアルバイト。数時間しか働いてないが、気分的に重労働だったらしい。
「時期が時期だからね。普段はもっと暇なんだけど…って、その辺はさくらちゃん達の方がよく知っているわね」
そう言って苦笑いする真樹に、悪気のない顔でさくらが笑いかける。
「普通の日はお客さん、いませんもんね」
その途端、知世に肘でつつかれる。「ほえ?」とする彼女だが、みるみる顔が赤くなり、
「あ、ご…ごめんなさい。あの……、あぅ〜」
ショボショボになってしまった。それを見て、真樹は少し意地悪く微笑む。
「暇なお店だから、お給料はあまり出せないわよ」
言いながら封筒を二人に渡した。恐縮しながら受け取る二人だが、それを触った知世が驚きの声を上げた。
「真樹さん、こんなに頂いてもいいんですか?」
封筒の重みでだいたいの金額が分かったらしい。さくらも驚いて、思わず中身を確認してしまう。
確かに、一日のバイト料としては多すぎる額だ。
けれど真樹は、二人の肩に手を置いて、
「いいのよ。お仕事は良くしてもらったし、何より私がとても楽しかったの。だから、お店としてのアルバイト料と、私の感謝料。ね?」
そう笑顔で言われては返す言葉がない。二人は深々とお辞儀をして、優しい店長にお礼を言った。
時計を見ると、午後七時を回っていた。そろそろ帰宅の時間だ。そこに真樹が話しかける。
「ねぇ、二人とも。これからちょっといいかな?」
頼むような口調。知世は仕事の話だと思って、背筋をぴっと伸ばす。
「はい、私は構いませんわ」
「私も大丈夫だよ」
その答えを聞いてから、真樹は嬉しそうに自分の手を握って言う。
「あのね、ちょっと早いんだけど、クリスマスパーティーの用意をしてるの」
「クリスマス…パーティー?」
仕事だと思っていた二人は、声を揃えて首を傾げた。
「クリスマス当日は、みんな忙しいから会えないじゃない。だから、ちょっと早いけど今晩、どうかなって?」
急なことに、さくらと知世は顔を見合わす。
事前に知らせておいてくれれば、それなりに準備も出来ただろうに。おっとりしているくせに時々突拍子もないことをする。そこが真樹らしい。
「急だから、駄目かなぁ?」
眉を下げてシュンとする。そんな彼女に、少女二人はうなづいて、
「大丈夫です。ご招待、喜んでお受けします」
笑顔を見せる。
真樹もその答えを聞いて、無邪気な笑顔を見せた。
「それでは、お電話をお借りしますね」
さくらと交替で知世が立つ。急だったので、急いで家族に電話をしている。
パーティー会場となるダイニングキッチンに戻ってきたさくらは、フライパンを温めている真樹に声をかける。
「真樹さん、何かお手伝いしましょうか?」
「ありがとう。でも、大丈夫よ。さくらちゃんと知世ちゃんはお客様なんだから、ゆっくりしていて」
と、真樹は言う。本当なら「それでも」と手伝うさくらだが、今日の初めてのアルバイトは予想以上に彼女を疲れさせていた。
「…ごめんなさい。あの…」
「いいのよ、座っていて。料理はすぐできるから」
さくらは申し訳なさそうにダイニングのイスに腰掛けた。そこへ知世が帰ってくる。
「お待たせしました。……あら?」
ちょこんと座っているさくらを見て、クスッと笑う。
「さくらちゃん、今日はお疲れですね」
真樹に小さな声で話しかける。
「やっぱり? いきなり接客だなんて、無理言っちゃったからかしら…?」
「そんなことありませんわ。さくらちゃん、とっても楽しんでいましたもの。今のさくらちゃんは、「心地よい疲労感に包まれている」といった状態ではないでしょうか?」
そう話す知世に、真樹は不思議そうな目を向ける。
「知世ちゃんは、あまり疲れてないみたいね? レジも忙しかったでしょ?」
「疲れてなんかいられませんわ!」
途端にキラキラ瞳を輝かせる。
「これから、「少し早いクリスマスパーティーにはしゃぐさくらちゃんの巻」を撮影せねば!」
「……そう?」
中学生になっても相変わらずだ。
そんなキッチンでの会話が聞こえてないのか、カウンター越しのダイニングテーブルの上、さくらはまったりと頬杖をついていた。
ふと、テーブルの上にある写真立てに目が行く。木製の落ち着いた写真立て。その中には、一人の男性が笑顔でいる。
彼女は何気なく、その写真立てを手に取ろうとする。その時、携帯電話の着信音が響いた。
「わ! わわっ!」
びっくりして電話を取り出すさくら。知世からもらった、ピンク色の可愛い携帯電話だ。
「はい、さくらです。……あ、小狼君?」
ピクッと、知世と真樹の耳が動いた。
「うん、…あ、ごめんなさい、もうお仕事は終わったんだけど……え? ああっ!」
何かを思い出して、イスを鳴らして立ち上がる。
「そうだよね、ごめんなさい、私……あの……」
「……さくらちゃん? 何かあったの?」
しきりに謝っている彼女を心配して、真樹が言う。さくらは電話を離すと、申し訳なさそうに声を落とす。
「ごめんなさい、真樹さん。私、帰らなきゃ」
「え? どうして?」
「あの…。小狼君が迎えに来てくれるの、忘れてて、あの…、外に来てくれてるんです。だから…」
「あら、それでしたら、李君もお誘いしたらどうでしょう? ね、真樹さん?」
手を打って笑顔の知世。その申し出を、真樹は一秒とかけずに了承する。
「では、入り口の鍵を開けてきますね」
「お願いするわね。さ、料理を増やさないと」
テキパキと動き出す二人を、さくらはキョトンとして見ているだけだった。
かくして、小狼も含めた四人での「ちょっと早いクリスマスパーティー」は始まった。
真樹手作りのおいしい料理。小さなクリスマスケーキ。ツリーも無いし、きれいな飾り付けもないが、それはとても暖かいパーティーになった。
そして、楽しい時間も終演に近づいた頃。
「ね、暖かいココア作ろうか? おいしい作り方、教えてもらったんだぁ」
上機嫌のさくらはスキップしながらキッチンへ向かう。
「あ、私もお手伝いしますわ」
知世も続く。テーブルには真樹と小狼が残った。
小狼は、パーティーが始まった頃はかなり緊張した感じだったが、今は普段の彼に戻っていた。
キッチンのさくらを優しい目で見ている。そこに、真樹は微笑みながら話しかける。
「…可愛いわよね。さくらちゃん」
「……え! そっ! あのっ?」
顔を真っ赤にしてさくらから目をそらす小狼。微笑ましくて、真樹はさらに細目になる。
「ごめんね。いきなり誘っちゃって。迎えに来るのを知っていたら、さくらちゃん達を招いたりしなかったんだけど」
「あ…、いえ、いいんです。とても楽しかったです。それに…」
「さくらちゃんと一緒だったし?」
「ま…、真樹さんー」
再び赤くなる小狼を見て、いたずらっぽく笑う。
「ごめんごめん。それに…なに?」
小狼はイスに座り直すと、
「それに…、さくら達がいなかったら、真樹さんは一人じゃなかったんですか?」
真っ直ぐに目を見て言う。その眼差しに、真樹は一瞬ドキッとするが、またすぐにほにゃっとした笑顔になる。
「本当に、さくらちゃんの気持ちがわかるわ〜」
「……は?」
怪訝そうな顔を向ける小狼。真樹は話を続ける。
「でも、大丈夫よ。一人じゃなかったから」
そう言いながら、脇の写真立てに視線を送る。
「…その写真……」
「あ! ねぇ、この写真の人、どう思う?」
言いかけた小狼を遮って、真樹が聞く。彼はちょっと面食らうが、少し考えて答えた。
「優しそうな人ですね。少年みたいな、澄んだ瞳をしているから、なにか大切な夢があるんじゃないかな?」
「へぇ、そんなことまでわかるんだ!」
彼は本国で相の見方を習ったことがあるのだ。
「それで、その男の人は…?」
「ん? 私の、フィアンセ……」
幸せそうに話す真樹。小狼も笑顔になるが、
「だった人よ。事故で、亡くなったの」
その顔がひきつった。
しばらく、沈黙。キッチンで話すさくら達の声が遠くに聞こえる。
「あの、すいません、…俺…」
ふさぎ込む小狼に、真樹は慌てて笑いかける。
「あ、いいのいいの。そんな、何年も前の話だし、別に気にすることは……」
そこまで話して、彼女は小さく息を吐いた。そして、そっと目を伏せる。
「……本当はね、ずっと……悲しかったんだ」
突然そんなことを話し始めた真樹に、小狼は戸惑ってしまう。
「自分のね、デザインしたぬいぐるみを私の店で売りたいって言ってくれたの。本当に嬉しかった。……でも、それも叶わなかったわ」
呟くように話す。
「悲しかった……、何年も写真を見ることすらできなかったの。楽しかった日々を思い出すことが、とても苦しくて…」
そして、口を閉ざす。長い睫毛の下、彼女は泣いているように見えた。
「…真樹…さん」
どう言っていいのかわからない小狼は、おずおずと声を出す。
しかし真樹は、そんな彼に笑顔を見せる。
「でもね、今はそんなことはないの」
急に今までの雰囲気に戻る真樹。写真立てをそっと指で撫でて、
「去年、サンタさんに素敵なプレゼントをもらったの。とっても暖かくて、優しい気持ちを……もらったの」
柔らかな視線を、キッチンへ向ける。
そこではさくらが、笑顔で笑っていた。
「凍っていた気持ちを、溶かしてくれたの。今こうしていられるのも、その小さなサンタさんのおかげ」
そして、視線を小狼に戻す。彼は、去年何があったか薄々気付いたようだ。同じようにさくらを見つめていた。
「あいつは…自分でも気付かないうちに、人を優しい気持ちにしてくれる。本当に不思議なやつだ」
「あら、ちゃんとわかってるのね」
茶化すように言う。そして、
「今年は、どんな気持ちをプレゼントしてくれるのかしらね?」
意味深な瞳を小狼に向ける。
それに彼は、ちょっと頬を染めながら、小さく答えた。
「そう言う意味でなら、あの二人と過ごすすべての時間が、最高のプレゼントですよ」
真樹はそれを聞いて満面の笑みをつくる。小狼もつられて微笑む。
そこへ、さくら達が戻ってきた。
「はーい。おまたせ。ココアinさくらスペシャルだよ!」
そう言って、ほかほかのココアを並べる。
「お二人とも、どうされました?」
笑顔の真樹と小狼に、知世が不思議そうに話しかける。しかし二人はそれに答えず、甘い香りを漂わせるマグカップを手に取ると、
「自覚のない、小さなサンタさんに…」
「乾杯、ですね」
そう言って、カップをあわせる。
「ほえ? サンタ…さん?」
キョトンとするさくらを、二人の笑い声が包んでいった。
クリスマス前のクリスマスパーティー。暖かい時間は、もう少し終わらないようだ。
〜〜〜おしまい〜〜〜(斧桜/2001/12)
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