LITTLE MY STAR    「魔界天使ジブリールEPISODE2」 ジブリールアリエスことひかりちゃんを愛でるサイト

『知世のため息』



「ふぅぅ」
 バトルコスチューム作りの手を休め、ため息をつく知世。
 学校から帰ってくるなり、喜々としてバトルコスチューム作りを始めた知世であったが、時折、何かを思い出したように浮かない表情になり、ため息をつくのである。
「香港を舞うさくらちゃんを撮影できるといいですわねぇ」
 そうなのだ。今日さくらは、学校帰りに商店街の福引きで香港旅行を当てたのだ。
それで早速知世は、香港でさくらに着せるバトルコスチュームを作り始めたのであるが・・・。


「と、特賞?!」
「すごいですわ、さくらちゃん!」
「凄いわ、さくらちゃん。おめでとう」
 ツインベルの店主である真樹と知世の二人に祝福されても、さくらは特等を当てたことの実感が湧かないようである。
「特賞って何?」
 くじを引く前の真樹から聞いたことなど、すっかり忘れているさくらである。
「香港旅行、4泊5日よ」
 真樹はやさしく答えた。
「本当?。やったぁ」
「さくらちゃん、本当に嬉しそうね」
「だって、くじ引き当てたの初めてなんだもん」
「初めてなんだ。それじゃあ、さくらちゃんに当たって本当に良かったわ」
 そう言うと真樹は、レジ下の引き出しから目録を取り出すとさくらに手渡した。
「はい、これ目録ね」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
 目録を受け取ったさくらと知世は、改めてお礼の挨拶をしたのち、真樹に見送られツインベルを後にした。そして二人は、ツインベルの正面にある友枝中央公園の遊歩道に向かって歩き出した。
「さくらちゃん、よかったですわね」
「うん、なんだか信じられないよう」
「ふふ」
 さくらの幸せな表情に、知世も幸せな気持ちで微笑み返すのであった。
「なんか夢みたいだよう」
 しばらく夢心地なさくらであったが、いつものお別れの場所まで来ると立ち止まり、のぞき込むように知世を見つめた。
「ねぇ、知世ちゃん」
「はい、さくらちゃん」
 知世が笑顔で応える。
「香港、一緒に行こうね」
「はい、ありがとうございます」
 知世は嬉しそうに微笑んだ。それとともに、知世の目がキラキラと輝きだした。
「さくらちゃんとの香港旅行。これはもう、新しいお洋服を用意せねば」
「はい?」
「私が用意した服を着て香港を舞うさくらちゃん!」
「と、知世ちゃん」
「そして、そのさくらちゃんを撮影する、最高に幸せですわぁ」
 両手を握りしめ、うっとりした表情の知世。完全に自分の世界に入ってしまったらしい。
 すると突然、さくらの両手を握り、うるんだ瞳でさくらに訴えかけた。
「ぜひ、香港で着るお洋服、作らせてくださいね」
 その勢いにのまれたか、思わずはいと答えるさくらであった。
 知世はさくらの返事に満足したのか、いつもの知世に戻り、何か気がついたかのように問いかけた。
「ところでさくらちゃん。この旅行、何人が招待されたのですか?」
「そういえば、聞かなかったね。目録に書いてあるかも」
 そう言うと手にしていた目録をごそごそと開封しだした。
 目録に目を通す二人。
『特賞。香港旅行4泊5日。4名様』
 目録には4人が招待されることが書いてあった。
「4人だそうですわ」
「そうすると、私、お父さん、お兄ちゃん、それから知世ちゃん」
「ありがとうございます。でも・・・」
「でも?」
「月城さんはいいんですの?」
「雪兎さん!。はぅぅ、ひとり足りないよぉ」
 今までの幸せいっぱいの表情から一転して、困った表情をみせるさくら。
「せっかくですもの、私のことはいいですから、月城さんをお誘いになっては?」
「知世ちゃんとも一緒に行きたいし」
「私もご一緒したいですわ。でも仕方ないですわ」
「ううん、どうしよう。あ、そうだ、お兄ちゃん、バイトで行けないかも?」
「さくらちゃん、家族一緒で無くていいんですか?」
「お兄ちゃん、いっつも意地悪だから」
「それは良くないと思いますわ。お父様とよくご相談されてからお決めになった方がよいのでは」
「そ、そだね。そうする」
「それがよいですわ」
「そしたら、後で電話するね」
「はい、ではお待ちしておりますわ」
「うん、それじゃまた後でね」
「はい、また後で」
 知世はさくらちゃんに手を振りながら歩き出した。
 さくらはこちらを見て手を振っている。
「もし、さくらちゃんとご一緒できなくても、さくらちゃんが幸せならそれが一番ですわ。さくらちゃんの香港旅行のために新しい衣装を作らねばなりませんわ!」
 そう心に思いながら家路につく知世であった。


「ふぅぅ」
 再び、ため息をつく知世。帰りの出来事を思い出すと、自然とため息が出てしまうのだ。バトルコスチューム作りは楽しい。さくらに着てもらったときのことを想像するだけで、うっとりした気持ちになれるのだった。だが、今回は着る機会に立ち会えないかもしれない、と思うと余計な事まで考えてしまうのだった。
 旅行に招待されたのは4人。さくらちゃん、桃矢お兄さま、藤隆おじさまで3人、するとご一緒できるのはあと1人ですから、さくらちゃんは私より、月城さんと一緒に行くのが一番ですわ。それがさくらちゃんにとって一番幸せなはず・・・。
 それは、今作っているバトルコスチューム着て、香港の街を舞うさくらの姿を撮影できないことを意味していた。そのことが知世を浮かない表情にしているのであるが、それにもう一つ、知世自身も気がついていない気持ちがあるからであった。
 それは、さくらに雪兎ではなく、自分を一番好きになって欲しい、という気持ち。知世にとってさくらは自分の全てである。そのさくらが幸せになって欲しいと心から願っているし、さくらが雪兎を一番好きなことも知っている。だからこそ自分ではなく、雪兎と一緒に行って貰いたいと素直な気持ちで言えたのだ。しかし、心の片隅には、自分でもコントロールできない気持ちが誰にでもあるものだ。それは知世も例外ではない。ただ、それが雪兎を押しのけてまで、という考えには決してならないのが知世らしいのであるが。
 そんな心の奥底の心理が影響したのかしないのか、ふとある考えが浮かんだ。
(やっぱり、一緒に行けないのは残念ですわ。お母様に頼んでみようかしら)
 しかし、すぐにそれは自分自身で否定することになる。
 知世の母、園美は大会社の社長である。知世1人、香港に送り込むくらい朝飯前である。それに園美はさくらの大ファンでもあるから、知世が話をすれば、自分も行くと言い出しかねないくらいである。しかし、園美は母親である。いくら裕福でも、いきなり海外旅行に行きたいという娘の甘えを認めるような教育はしていない。知世もそのことは十分理解しているし、そのような甘えはしてはいけないと思っている。結局、口にした言葉は別の言葉だった。
「とにかく、さくらちゃんから電話を待ちましょう」
 それだけ言うと、自分の言葉に納得したのか、バトルコスチューム作りを再開しはじめた。さくらちゃんがこのバトルコスチュームを着て香港の町を舞う姿を想像しながら。  知世の表情は、晴れやかなものになっていた。それはさくらという親友を信じる憂いのない表情であった。


 夜、知世は夕食を食べ終えて、部屋に戻ってきた。
 バトルコスチューム作りも一段落したのか、作りかけのバトルコスチュームには目もくれず、隣のビデオ等が設置してある部屋に入っていった。
 今から、毎日の日課である『さくらちゃんメモリアル』を鑑賞するのだ。この『さくらちゃんメモリアル』とは、知世が心血を注いで取り貯めてきた、数十本にのぼるカードキャプターさくらの活躍記録のビデオのことである。今日もそのうちの1本を100インチ以上ある大画面で楽しむのだ。
「さてと、準備、OKですわ」
 プルルル、プルルル。
 知世が準備を終えて今まさに見ようとした瞬間、机に置いてあった携帯電話が鳴った。
「あ、さくらちゃんからですわ」
 そういうと、早足で机に向かい、電話機を取った。
「はい、大道寺です」
「知世ちゃん?。さくらだよ」
 電話の向こうから弾んだいつもの声が響いてくる。
「まぁ、さくらちゃん!こんばんわ」
 出る前から相手が解っていても、本人の声を聞くと嬉しくなってしまう知世である。相手のさくらも嬉しそうである。
「こんばんわ、知世ちゃん。今、いいかなぁ」
「ええ、大丈夫ですわ」
 さくらとの時間、駄目な理由などあるはずがない。
「早速なんだけど、今日の帰りにお話しした香港旅行のこと、いいかなぁ」
 さあ、いきなり本題だ。なぜかちょっとだけ緊張してしまう知世。
「はい、お願いしますわ」
「お父さん、出張で行けないんだって」
「まぁ、そうなんですかぁ。残念ですわ」
「うん」
「それでは、香港旅行そのものが中止になりますの?」  藤隆が行けないとは予想していなかった。少し不安げな表情でさくらの次の言葉を待った。
「でもお兄ちゃんが一緒なら大丈夫だろうって。だからお兄ちゃんと雪兎さん、そして知世ちゃんも一緒だよ」
 それを聞いた知世。ぱっと表情が明るくなる。
「まぁぁ、本当ですか。ご一緒できるなんて夢のようですわ」
「うん、さくらも嬉しいよ」
「そうなったら、カメラの準備もしないといけませんし、香港で着るお洋服も早く完成させなければなりませんわ」
「はぅぅ」
「燃えてきましたわぁ!!」


 さくらとの電話を終えた知世は、『さくらちゃんメモリアル』の鑑賞を後回しにし、今まで以上に気持ちを込めて、バトルコスチューム作りに励んだ。そして、出発の朝、あの美しいバトルコスチュームを仕上げたのだった。
「さくらちゃんとの夢のような香港旅行、楽しみですわ」
 知世の心は、完成の充実感とこれからの旅行の期待でいっぱいだった。





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