考える人。そういう名前の有名な彫刻がある。たいていの者は、その名を聞いただけで、どんな姿だったか思い出すことができるだろう。
彫刻ではないが、ここにも「考える人」がいた。
さくらは悩んでいた。腕を組み、精一杯いかめしい顔をしている。
「うーん」
そんなさくらの様子を見て、ケロは「おおーっ、さくらが難しい顔しとる」と、ちゃかすが彼女はいたって真剣なのである。
人が生きていくうえで、避けて通れない問題。他人からみれば、どうでもいいことなのかもしれないが、当人にとっては、なかなかどうして頭を悩ませる問題なのである。
「どうしようかなぁ?」
兄に相談しても、答えはつれないものだった。
「ん〜、ま、なんでもいいんじゃないか?」
こんな調子なので、さくらはひとりで悩まざるを得ないのである。
故きを温め新しきを知る、という言葉がある。さくらがこの言葉を知っていたか定かでないが、過去の傾向を吟味したうえで今後の指針にすべく、自分の記憶の糸をたぐりよせた。
だが、これといって名案は浮かばない。
「どうしようかなぁ、今晩のおかず」
ハムレットではないが、それが問題だった。
この件に関しては、ケロはまったく相談相手にならない。
「そら、モダン焼きしかないやろ」
と、いつも答えは決まっていた。
結局、さくらはカレーライスを採用した。悩んだ割には芸がないが、意外とそんなものである。
冷蔵庫をのぞき込み、足りない材料をチェックする。
お肉、それにサラダ用のレタス。他に、にんじんが少々足りなかったが、まあ、なんとかなるだろうと判断する。
買い出しに行くため、財布の中身を確かめる。この財布は、食料や日用品など日頃必要なものを買うための、家族共用の財布である。その日の当番が必要に応じて、この中から支出するのだ。そして、藤隆が定期的に補充する。
さくらが当番の時は、だいたい必要な金額を取り出して買い物に行き、お釣りを戻す、というやり方をしていた。直接この財布を持ち歩かないのは、落としたら困るからだ。
今日買うものは、夕食の材料のほかに洗剤などの日用品が少々、金額にして二千円もあれば十分に賄えると思われた。
財布の中には、まだ十分な金額が入っていたが、やたらと小銭が余っていた。
これは桃矢が原因だった。支払いの際、面倒くさがって、いつも紙幣を優先的に使ってしまうので、釣り銭の小銭が増える一方なのである。
さくらはこの事態を打開すべく、百円玉、十円玉、一円玉のそれぞれを九枚づつ取り出した。それと千円札が一枚。これなら、いかなる場合でもピッタリの金額を払える。小銭も少しは減ろうというものだ。
さくらは、そのお金をべつの財布にいれて、商店街へと出かけていった。
スーパーマーケットの店内。
さくらは、買い忘れがないかどうか、カゴの中身を確かめた。
「うん、これで全部だよね」
そして、レジに向かう。
店員が次々に金額を読み上げていく。バーコードで読み込まれた数字が、レジの電光表示板に映っては消えていった。
「以上でよろしいですか?」
さくらは、こくりと頷いた。
「しめて、千円ちょうどになります」
〜 ぷぅ〜っ 〜
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